これ全くドラマみたいな話ですが、本当の話です。
数か月前のこと…
中学時代の野球部の仲間が集まって、久しぶりに飲んだ。(私は食べる専門で飲みませんが…)
半世紀以上経ち、顔を合わせれば、皆歳を取った、誰もがそれぞれの人生の荷物を背負い込んでいる。
その中に、T君がいた。
父親の工場を継いで20年。企業城下町で下請けの部品メーカーを守り続けている。 従業員は25名。ずっと大手自動車メーカーの系列とお付き合いをしてきた。 だが、ここ数年の受注減少は胃が痛むほどリアルだった。求人を出しても若い人は来ない。現場を支える職人たちも、確実に年をとっていく。
「親父の代で当たり前にできていたことが、俺の代で途絶えるんじゃないか」
ジョッキを傾けながらT君がこぼした言葉は、弱音というより、逃げ場のない現実の重みだった。
そんな空気の中、ふと昔のアニメの話になった。『巨人の星』だ。
話題に上ったのは、ある静かな場面だった。
左門豊作に滅多打ちにされ、球質の軽さという致命的な欠陥に絶望した星飛雄馬が、救いを求めて禅寺を訪れる。
雑念を消そう、無になろうと焦るほど、頭の中は不安でいっぱいになり、背中をピシッと警策で打たれる。
散々な座禅が終わった後、住職とお茶を飲みながら交わした問答だった。
住職は、穏やかにこう言った。
「打たれてもいいと思えば、打たれなくなる」
さらに、言葉を重ねる。
「一歩進んで、打ってもらおうと考えたらどうか」
雷に打たれたような閃きだった。
打たれまいと逃げ回るから、追い詰められる。 いっそバットに当てさせて、自分の球質の軽さを利用して内野ゴロに打ち取ればいい。 そこから、あの「大リーグボール1号」が生まれる。
だが、この話の本当の凄みは、その技術の背景にある。
土台になったのは、父・星一徹が編み出した「魔送球」だった。
一徹は戦争に召集され、肩を壊した。以前のような剛速球は二度と投げられない。 その壊れた体で生き残るために編み出したのが、走者の顔面すれすれを通過させ、「当たるかもしれない」という恐怖心で走足を鈍らせる魔送球だった。
しかし、それは当時の川上哲治から「巨人軍の紳士の野球にふさわしくない」と諭され、一徹が球界を追われる原因となった因縁の技でもあった。
戦争の傷。挫折。球界を追われた父の無念と呪い。 その泥沼のような過去の遺産を、息子が引き受け、巨人を救うための魔球へと反転させたのだ。
まさに、煩悩即菩提。
自分を苦しめる欠陥や、消し去りたい過去の傷をどこかへ捨て去るのではない。 その傷や執着の泥の中にこそ、活路を開く悟りの種が眠っている。
居酒屋のテーブルでその話に行き着いた時、私の口から自然と言葉が出た。
「あの話、お前の工場の話そのものじゃないか?」
T君の目が、ふっと澄んだ。 何か重い憑き物が落ちたような、静かで確かな光だった。
帰り際、T君は私の手を握りしめこう言った。
「2年で立て直してみせるよ。親父の気合いを借りてな」
夜風の中で握りこぶしを突き上げた彼の姿は、どこか星一徹の不器用な背中と重なって見えた。
つい先日、T君から連絡が入った。
「いろいろ試してる。少しずつ、歯車が噛み合い始めたよ」
声のトーンに、あの夜の湿り気はもうなかった。
T君が継いだ工場は、数字だけを見れば弱点だらけだ。
・大量生産ができない小さな規模
・40年使い続けている古い汎用旋盤
・大手系列としか付き合ってこなかった狭いパイプ
・人手不足で、一人ひとりの負荷が重い現場
普通なら「早く改善しなければ」「最新設備を入れなければ」と焦る負債ばかりだ。 だがT君は、あの禅寺の問答を現場に持ち込んだ。 弱点を消そうとするのをやめたのだ。
「この足りなさ、この不便さを、そのまま武器にできないか?」
大手の土俵である数万個の大量生産はきっぱり諦めた。
その代わり、数百個単位の試作品や、図面も定まりきらない開発段階のパーツを喜んで引き受ける。大手の下請け構造では門前払いされる厄介な仕事だ。世の中の新興企業には、その厄介さを引き受けてくれる場所がどこにもなかった。
40年前の古い旋盤も同じだ。 最新の自動機械は、決まったものを高速で削るのは得意だが、融通が利かない。 微妙な手加減や、職人の指先の勘が生きるのは、むしろ古い汎用機だ。
「うちの強みは、この機械と職人の腕でしかできない複雑加工だ」と看板を掲げた。
外を知らない系列一本槍の歴史も、見方を変えれば「大手の厳しい品質基準を何十年もクリアし続けた」という揺るぎない証明書だった。 その実直さを知る大手の担当者が、「あそこなら小回りが利いて腕も確かだ」と、新しい顧客を紹介してくれるようになった。
そして、人手不足。 人が足りないから、全員がいろんな工程をやるしかない。 結果として職人たちが複数の技を身につけ、どんな無茶な注文にも全員で対応できる多能工集団へ育っていった。
親父の代から受け継いだ、古くて不器用な現場のすべて。 自分を縛り付けていた呪いのような制約が、他社には絶対に真似できない唯一無二の強みに化けたのだ。
劇的な大儲けが始まったわけではない。立て直しは、まだ道半ばだ。
けれど、T君の口から出る言葉の温度は、確実に変わった。
「新しい業界から図面が届くようになったよ」 「職人たちが、こんな面倒な仕事は久しぶりだって笑いながら削ってる」 「親父がふらっと来てさ、旋盤の音を聴いて、やってみろって笑って帰っていった」
受注が減っていく恐怖に怯えていた男が、新しい仕事の手応えを噛み締めている。
古い設備へのため息が、職人の腕への誇りに変わっている。 親父の敷いたレールを守るだけの迷いが、「親父が遺してくれた傷だらけの土台の上に、自分たちの新しい城を建てる」という覚悟に変わった。
もし今、あなたが逃げ場のない現実の前で立ち往生しているのなら。
仕事が減り、人が去り、持っている技術が時代遅れに見えて、夜が明けるのが怖いなら。
一度、その弱点を消そうと抗うのをやめてみてほしい。
あなたが「自分の欠陥だ」「うちの会社の足枷だ」と嫌悪しているその現実は、本当にただのゴミだろうか。
「打たれてもいい」 「いっそ打ってもらおう」
そう腹の底を決めたとき、逃げ回っていた自分には見えなかった活路が、足元の泥の中から浮かび上がってくる。
戦争で肩を壊した父の痛々しい魔送球が、やがて息子を救う魔球の種になったように。 あなたが今抱え込んでいるその不器用さや、理不尽な制約の中にこそ、次の時代を切り開くための答えが眠っている。
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